【神田カウンセラー】ばあちゃんが死ぬ一週間前の話

【神田カウンセラー】ばあちゃんが死ぬ一週間前の話

肺がんで、余命半年の宣告を受けたばあちゃんの体調が悪くなったのは、亡くなる10日ほど前のことやった。



 

「毎日電話して、励ましてあげよう」


 

 


 

と、従兄弟と約束した次の日のこと。




 

 

 

 

「おはよう。今日もお元気ですか?」



 

 

 

 

 

 

 

「(咳をする音…) おはよう、しんどいな…」



 

 

 

 

 

 

 

「今日、午後から空いとるで銭湯おいでよ」


 

 

 

 

 


 

「(咳をする音…)」



 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫なん?」



 

 

 

 

 

 


 

「いけやんわ」



 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ俺がいこか?」



 

「そうして」




 

 


 

いつも会うとなったら
嬉ションするわんちゃんくらい
飛び跳ねて喜ぶのに、
こんな電話は初めてやった。







 

午後から、すしざんまいで
サーモンオニオンを8貫買って、
ばあちゃんが住む老人ホームに到着すると、
部屋の中が変な匂いがした。





 

 


 

「くっさ!!!!!」




 

 


 

「○んこちびっとんのっちゃうの??」




 

 

 

 

 

 

 

 


 

反応なし。






 

 

 

いよいよ"その時"が来てしまったんかなと思った。





 

その日から毎日ばあちゃんの家に行こうと決めて、次の日も朝から向かった。




 

 

 

冷蔵庫をあけると、昨日買ってきたサーモンは未開封。






 

1ヶ月前ほどから、

声がでにくくなり、
喋ってもカスれ声なので、
何を言っとるかがわからん。





 

 

 

「こんなにしんどいなら、早く死にたい」







 

 

ベッドで横になりながらそうやって言う。






 

 

ベッドの上には、大量のティッシュがある。




 

 

 

 

肺が炎症して膿がでてくるので、それを拭き取るのに使う。




 

 


 

部屋中にその臭いがするので、強烈やった。






 

あまりにもしんどそうなので、

病院にいくことをすすめた。

 

 

 

 

 

 

でも、言うことを聞いてくれやんだ。






 

あのときのことを思い出した。





 

10年前、菰野の1Kのアパートで

ばあちゃんと2人で暮らしとって、

ばあちゃんに乳がんが見つかった時。



 


 

「もう、私はいいの」




 

 

と言って、治療を拒んだ。





 

無理やり病院に連れていったあのとき。





 

でも今回は、本当に帰ってこれないであろう最後の病院になることをばあちゃんは知っとったんやと思う。




 

 

俺が無理やり

そこに連れていくことは、

 

 

 

「善」なのか

 

 

それとも

 

 

「悪」なのかわからず、

 

 

一瞬ためらった。




 

ただ、目の前で苦しそうに咳をするばあちゃん。




 

眠たいけど、

咳と苦しさと痛さで、

寝れずに意識がもうろうとしている。





 

俺はばあちゃんには何も言わずに、

その施設にいる伊藤ナースに相談しに行った。





 

「ばあちゃんがあまりにもしんどそうやで、病院に連れてってあげたいんです。」





 

小山田病院の担当の先生は

本日不在やけど、

緊急対応で診てもらえることになった。





 

伊藤ナースに部屋にきてもらって、

車椅子に乗せるのを手伝ってもらい、

俺はほぼ喋れやんばあちゃんと

コミニュケーションをとりながら、入院する準備をした。



 

 

老人ホームから、車で1分の距離にある病院。



 

 

これでばあちゃんを乗せてどこかにいくのも最後なんかなと思った。





 

病院の玄関に車をつけて、車椅子をとりにいき、ばあちゃんを乗せようとした。




 

ばあちゃんを抱えて、車椅子に乗せようと思っても、車椅子のブレーキがどこにあるのか分からず、足で抑えながら強引に乗せようと頑張った。




 

でも、車椅子が動いてしまいそうになり、少し感情的になりそうになった瞬間、車椅子を握ってくれる誰かの手があった。





 

「ありがとうございます」




 

固定された車椅子には、ばあちゃんを簡単に乗せることができた。




 

「ありがとうございます」





「ありがとうございます」




 

と、2回ほど繰り返し、ようやくその人に目を向けると、女性は無言で俺の方を見ていた。




 

もう一度、「ありがとうございます」と伝えたとき、ばあちゃんが上を見て、笑顔になった。





 

 


 

「阿部さん」










 

阿部さんは、老人ホームでばあちゃんにすごく良くしてくれた人。








 

ホームの利用者さんの愚痴や不満は、アホほど聞かされてきたけど、阿部さんや伊藤ナースを含めて、施設の人に対して、ずっと感謝しとった。





 

いつも、ゆうやの話をしたり、阿部さんの息子の話をしたり、とにかく、ばあちゃんにとって阿部さんは温かい存在やった。





 

その阿部さんが、無言でばあちゃんの車椅子を握ってくれとった。






 

俺も焦っとったで気づかんだけど、「阿部さんか!ありがとう!」と改めて伝えた。







 

その後、車椅子を押してフロントに向かっとるとき、ありえやんくらい泣いた。





 

「ばあちゃんを不安にさせたくないから、泣いたらあかん」って思っとんのに、涙がとまらんだ。






 

今からばあちゃんが「死」に向かっていく恐怖。






 

それを1人で迎えいれやなあかんこの状況。






 

その不安を安心させてくれるような、阿部さんと伊藤ナースに救われた。




 

 

安心感と、感謝でもう、仕方がなかった。





 

その後、2時間くらいかけてばあちゃんの検査が終わった。




 

途中ばあちゃんは、病院でこんな感じやった。


 

 




 


 

「ゆうや、これ終わったら、部屋に戻してな」






 

何回も言ってきた。





 

「こっちのが楽やで、ええやんこっちの方が。元気になって、向こういくで!!」




 

とバレやんように言った。







 

その後、俺だけ呼ばれて、「余命が1週間」だということを宣告された。






 

どんな顔でばあちゃんとおれば良いの?




 

ばあちゃんに何て言ってあげればいいの?






 

まだ気持ちの整理がついてないのに、どうしよう。






 

ずっと、涙をこらえながら、ばあちゃんの手を握りしめて待っとったら、こんどは伊藤ナースが、施設から来てくれた。







 

病院の看護婦さんと話をしたり、入院の手続きについて一緒に聞いてくれた。







 

その4日後に、ばあちゃんは死んだ。








 

俺は、"ばあちゃんを失った"と同時に、阿部さんや伊藤ナースから"何かを貰った"気がしとった。






 

その「正体」が何かに最近気付くことができた。








 

それは
 

ばあちゃんが今まで周りに
与え続けてきた
”愛”が、


俺を安心させてくれる
”愛”として、
二人が助けてくれたということ。






 

人は、何かを失ったときに、
かならず、
”ない”方をみてしまう。




 

この不足感だけみると、
悲しいし、ネガティブになってしまう。




 

もちろん、"失った"んやで、
不足しとるのは事実。





 

でも、失ったと同時に必ず
”得とる”ものもあるはず。






 

それが、充足感。





 

つい"ない"ばかり見てしまい、
余計苦しくなったりしてしまうけど、

悲しみに浸ったあとは、

"ある"方も見てあげてほしい。





 

そして、ばあちゃんを失ったけど、
ばあちゃんが残してくれた
たくさんの
を、
俺も広げていきたいなって思う。








 

ばあちゃんが死んで、2日後くらいに阿部さんと伊藤ナースに手紙を書いた。





 

それから半年たったけど、まだ渡せてない。

 





 

 

理由はわからんけど、なぜか渡す踏ん切りがつかん。





 

でも、しばらくこうしときたい。


 

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