【新美カウンセラー】生きる意味
私の母は今、介護が必要な状態。
自分でご飯を食べることも、
トイレに行くこともできません。
以前は大好きだった食事も、
自分の手で口に運べなくなりました。
ご飯も飲み込めず、
今はどろどろの
ご飯を食べています。
好きな場所に行くことも、
やりたいことをすることもできない。
そんな母が今できることは、
誰かの力を借りて「生きること」。
私がホームを訪れると、
母はじっと私の顔を見つめ、
黙っています。
私は母の手をさすりながら、
「お母さん、今日もありがとう。大好きだよ」
と声をかけます。
母は、静かに答えてくれる。
「私も大好き」
今じゃ想像もつかないけど
母も元気で、仕事も人一倍してた。
なんでもできる体があった。
でも、辛そうで
体もしんどそうで・・・
母はよく私に
「死にたい」と口にしていました。
その言葉を聞くたび、
私はどうしていいかわからず、
「そんなこと言わないで」
「ごめんね、私が悪いんだね」
そう言って、
自分の何がいけなかったのか
そして自分を責めて生きてきました。
でも、本当のところ、
母がその時どんな気持ちだったのか
わからなかった。
何度も自殺も繰り返して
救急車で運ばれることも
たくさんあったから・・・
ただお母さんが本当に、
死んでしまうんじゃないかと
怖かった。
だからこそ、
私はどんなにつらくても
「死にたい」とだけは口にしない。
そう心に決めてました。
心理学を学び、
カウンセラーとして
学びを積み重ね、
ようやく気づきました。
母や祖母が私に「死にたい」と
言えたのは・・・
私がその言葉を
受け止められる存在だったからと。
その重さを、
私は背負える人だったんだね。
だから私は、
つらくても笑顔でいた。
自信がなくても踏ん張った。
自分が我慢すればいい。
そう思って生きてきました。
母と祖母との関わりが
あったからこそ、
私は強くなれた。
今では「最強のメンタル」を
手に入れたと言えるくらいです。笑
でも、その強さだけでは
生きられないと
気づかせてくれたのは、
私の周りにいる
「愛の塊」のような人たちでした
”自分を大切にすることの意味”
これを、私は学びました。
(ずっとしてこなかったから時間がかかったけど・・・)
誰かに甘えてもいいこと。
自分の感情を素直に
認めてあげてもいいこと。
言葉に出してもいいこと。
そして、どんなときも、
私の幸せを願ってくれる人が
いるということ。
だからこそ、
私は自分に許可を
与えるようになりました。
「自分を大切にしていい」
「自分が幸せになっていい」
これが本当に大切なことだと実感しています。
今、母を見ていると、
「生」と「死」について考える機会が
増えました。
そんな中、私の友人は
余命宣告を受けています。
「死にたい」と言い続けた母と、
「生きたい」と願う友人。
この二人を目の前にして、
私は強く感じたこと。
人の体は
ただの「借りもの」であり、
生と死の決定権は
自分にはないということを。
だからこそ、
自分の魂が本当に望むことに
耳を傾け、その声に従って
生きることが大切だと気づきました。
そして神田さんのご家族とも
関わらしていただいて
さらに感じました。
人が人を思う気持ちって、
言葉では表しきれないくらい
尊くて、心を温かくしてくれるもの
だと思います。
どんな形であれ、
誰かのために「思う」ことって、
愛そのもの。
そしてみんな忘れがちだけど
自分を思う気持ちも、
本当に尊いものだと思います。
自分を思うって、
単なる自己中心的なものではなく、
自分を大切にする行為そのものだから。
自分を思いやるからこそ、
自分の気持ちや体調に気づけたり、
無理をしすぎないで休めたりする。
そして、その尊い行為が、
周りの人を思いやる土台にも
なっていく気がします。
ふと立ち止まって
「私はどう感じているんだろう」
「今の私に必要なものは何だろう」って
考える瞬間って、
とても大事だなと感じます。
自分がただ「存在する」だけで、
周りにどれだけ影響を与えているか。
一人ひとりの存在そのものに、
価値と意味がある。
毎日を感謝して大切に生きていこうね。